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2010/07/11

半年

パラグアイに来てから半年以上が経過しました。

毎日思う事なので言いたくありませんが、
事実かもしれないので言います。
「時間が過ぎるのは本当に早い」
過ぎた分だけその時間を回想し、
焦りを感じるなら何かがズレていて、
逆に過去に経験してきた事が、
今に繋がっていると感じるなら、
それは今を楽しんでいる証拠なんでしょう。

人は時間が過ぎるたびに過去を思い出そうとします。
自分はまさに今、そんな心境に居ます。
日本を飛び立つ前は、協力隊、パラグアイ、
そして自分の未来に対して何を考えていたのか、
そんな事を良く思い出します。

明らかな事実として、パラグアイに対する印象は
以前とは変わりました。そして分かった事があります。

それは、パラグアイは貧しい国ではないと言う事です。
つまり食べれないのではなく、食べ物はどこにでもあると言う事、
そして人々はどの国よりも温和であると言う事、です。

貧しさの物差しって何が基なんでしょうか?考えました。
そして「自分が貧乏だと思う人が作った」と答えが出ました。
パラグアイで自分が貧乏で可愛そうと思っている人は何人でしょう?
おそらく日本より少ないでしょう。
どんなに倒れそうな家のオヤジでも、自分の畑や女の話をします。
それは貧しさに溢れた話ではありません。そして毎日、
「トランキーロ(ゆっくり)」と連呼します。

こんなに豊かな国は他に無いでしょう。

2010/06/25

ワールドカップ熱!

本日快晴。

霜が降りると言われていますが、本当でしょうか?

ワールドカップが始まり、さすが南米のパラグアイでは国を挙げて応援しています。なにしろ、一国の大統領が「仕事を休んで応援しよう」と言ってしまう程です。

と言うわけで、今日の午前中はニュージーランドとの試合があり、農協の重役さん達はさっさと家に帰って行きました。

1人で畑に居るのも何なので、自分も雰囲気に流されて一緒に観戦。

結局試合は0-0で引き分けでしたが、無事に一位通過したこともあり、町中が盛り上がっていました。

人々は自分のバイクや車で町に繰り出し、その内にそれが行列に変わり、町の通りをパレードのように行進していました。

それにしても本当ににぎやかで、車のクラクションや人々の叫ぶ声が、遠くまで響き渡っていました。

これだけ人々を暑くさせるワールドカップは偉大です。人々の心が一つになった時、もの凄いエネルギーを感じました。

このエネルギー、仕事にも生かしたいものです…


Hoy el cielo ha despejado. Yo escuché que iba a caer helada, pero todavia no he consiguido. He comenzado la copa mundial y con razón Paraguay es un paíz en sudamérica, el presidente de paraguay dijo "Vamos animarlo, no nos importa ni un trabajo".

Por la mañana a las diez se comenzó el partido contra Nueva Zelanda, y todos los empleados de la cooperativa se fueron al centro para mirarlo. Yo también vine a casa y lo miré con toda la familia. Yo pienso que es una tradición paraguaya.

Finalmente empató, pero la gente salieron de sus casas al centro con sus motos o autos y se empezaron correr juntos en el camino como un desfile.

Aun así, era demasido alegre y lo sonaba hasta lejos del centro. La copa mundial es muy poderosa para que se junten nuestros corazones, cuando así hay una gran energía.

Ojalá la gente lo use en su trabajo....

2010/03/02

パラグアイの食料事情②

本日快晴。一昨日まで少し肌寒く、長袖の服を着るほどでしたが、今日はうって変わって半袖でも汗ばむ陽気です。日によって温度差が大きいのもパラグアイの特徴です。

今日はパラグアイの野菜について少し書きたいと思います。

元々野菜をあまり食べないパラグアイの人達ですが、最近は嗜好が変わってきことや、健康面からでしょうか、野菜の需要は増えています。野菜と言ってもタマネギ、ニンジン、トマトなどは昔から食されていたのかもしれません。しかし依然として野菜は高級とのイメージがあるらしく、証拠として肉などと比べると値段は高めです。需要が少ない証拠でしょう。

一般的にスーパーなどで野菜が占める販売スペースは少ないですが、野菜が売られているのは確かです。

写真は首都アスンシオン近郊のとあるスーパーです。


やはりタマネギ、ニンジン、カボチャ、トマト、キャベツなど、日持ちするものや輸送に優れているものが目立ちます。そしてそのかなりの割合が隣国ブラジルやアルゼンチンなどから輸入されているのも事実です。


わずかですが、葉物野菜もあります。


日本のスーパーなどと比べると、とても特徴的な違いがあります。

①ビニールなどで包装されている野菜はわずか。
 やはり手間やコストを省く意味でも包装はしないのでしょうか?野菜を仕入れたらそのまま店先に積んでいます。しかし個人的には日本の過剰包装に比べるとより環境的だと思います。

②ほとんどの野菜が量り売り(野菜は自分で選んで買う)。
 野菜に限らず穀類、肉、果物、パンなど、主要な食品はほとんどが量り売りです。自分のものは自分で選んで買うのが常識ですね。

③野菜の質は良いとは言い難いが、消費者は自分で選ぶため問題ないのかもしれません。
 日本と比べてしまうのもどうかと思いますが、やはり質の良いと言える野菜はわずかです。これがパラグアイの野菜消費の課題でもあると思います。

トマトです。


アボガドです。日本ならとっくに廃棄されていますね。


マイナスなイメージが先行しますが、逆の捉え方をすれば多少質の悪い野菜でも、量り売りにする事で消費者に買いやすくし、最終的に残れば廃棄すると言う方法です。その結果として、日本のように過剰廃棄する必要が無くなるのかもしれません。

2010/02/27

パラグアイの食料事情①

今日もまた朝から雨です。

先日、パラグアイの中央市場(Mercado central de abasto)に行ってきました。その様子を書きたいと思います。パラグアイの主食としてはマンジョーカ(キャッサバ)が中心で、その他トウモロコシ、小麦粉、そして肉が挙げられます。日本のように米はあまり食べません。食べるとしても、水田ではなく陸地で栽培した陸稲(オカボ)です。中央市場は首都アスンシオンの台所で、様々な食材が所狭しと並べられていました。


マンジョーカ(キャッサバ)です。皮をむいて茹でて食べます。日本の米のように、味付けはほとんどしません。


トウモロコシです。乾燥させて粉にして使います。団子状にしてスープ入れたりします。


魚です。海の無いパラグアイでは、ほとんどが川魚です。写真はおそらくナマズ(?)です。


牛肉です。多くの家では週に一回、アサード(asado)と呼ばれる焼き肉をします。(肉は塊のまま焼かれます。日本とはケタが違います…)パラグアイの人達は、本当によく肉を食べます。味付けはもっぱら塩です。これも土着のインディヘナの人々が狩りをして暮らしていた事の名残でしょうか?



一方の野菜は、もっぱらサラダで食べられています。しかし物によっては飾り付けの役割でしか使っておらず、しかも特に夏場の暑い時期はかなりの割合で隣国のブラジルやアルゼンチンから輸入されています。野菜栽培の技術が発展しない一つの理由だと思います。それでも確かにパラグアイ国内で生産された野菜もあります。特に日系移民の人々によって作られる野菜は質が良く評価が高いです。

明日はそんなパラグアイの野菜の事を書きたいと思います。

2010/02/08

パラグアイの食文化

 相変わらず暑い日が続きます。現在アスンシオンに滞在中。

 今日は友達と外食することにし、ペルー料理を食べに行くはずでした。しかしいざその店に行ってみると、なんとパラグアイ料理屋でした。店内は高級そうな雰囲気で、入ったからには出ていきづらい雰囲気で、しょうがなくそこで食べる事にしました。パラグアイ料理と言ってもイメージが持ちずらいのですが、パラグアイの歴史を垣間見ると、なるほどと思う部分がたくさんあります。

 パラグアイには元々、土着の人々であるインディヘナと言われる民族が住んでいました。彼らは移動しながら生活をし、主食は狩りで得た動物の肉でした。今でも主食が肉であるのは、このころの影響だと思います。

 さらに時代が進むと、スペインの征服時代に入ります。征服と言っても、争いを望まなかった当時のインディヘナ達は、進んで混血を受け入れていきました。さらにスペイン以外の国からも多くの人々が訪れ、ある種の多民族国家になります。この頃には、食肉加工や乳製品加工の技術が主にヨーロッパから入り、食のバラエティーは一層豊かなものになりました。

 ヨーロッパからはその他にも、野菜栽培などの技術ももたらされましたが、パラグアイ人にとってなじみのない菜食の文化は、受け入れられるまでに長い時間を要しました。近年になり、健康志向などの面から野菜が重要視され、レストランなどでは野菜が多く見られます。しかしやはりニーズは少なく、特定の野菜に限られるため、依然として野菜嫌いの傾向は強いです。